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難聴について

2011.7.14  これは昨日、ラジオで聴いた話である。
身近な方々の中に、難聴で困っている人が多いことが、私の足をラジオの前で止めさせた。

まず、老化現象で片付けられてしまう加齢による難聴にブレーキをかけるには、原因を考えなければならない。
@騒音 と A代謝 があるとのこと。
@に関して、最近では騒音に対する対策を立てている職場が多いので、大人数での難聴は少なくなったが、個人的な難聴が増えつつある。
音楽などをイヤフォンでで聴くこと、この行為は『耳をいじめている』ことになるらしい。
あと騒音に満ちたパチンコ屋さんに入り浸ること。(言語道断。)

Aに関しては、統計的に『メタボリックシンドロームや糖尿病の人に、難聴が多い』ということ。
つまり、耳ひとりだけの事ではない、耳を身体全体の中の臓器の一つだと考えなければならない。
(ちなみに歯に関してもそれは言える。)

難聴はすぐに気付かなくても、相関関係のある『耳鳴り』には気づくことが多い。
急性難聴は原因として「ストレス」「睡眠障害」「熱中症の初期症状」などの場合が多いが、急いで治療する必要がある。

一方加齢による難聴は治療というよりも補聴器の使い方がキーになる。
補聴器はやや悪くなってきたと思う頃から使い始めること。
補聴器は日々学習するための道具なのだ。それがないと、いわゆる耳学問ができない。人は、聴いて学ぶことが多い。

そして、耳を鍛えるということは=脳を鍛えるということなのである。

人間は様々聞こえてくる音から、「どの音を聴こうか」を常に判断しながら聞いている。つまり、取捨選択しているのだ。
講習会の時のマイクを使った大きな声より、隣の人との内緒話のほうがよく聞こえるというのは、脳の、聴くべきものを大きく、それ以外を抑えるという能力のおかげなのである。
難聴に気づかずに聞こえない状態を長期間放置しているということは、そういう脳の能力を鍛えることを怠っているということ。
だからこそ、補聴器をつけたとき、大半の人が、「何もかも雑音が耳に聞こえて、かなわない」となる。

私はそこを聴いて、「なるほど!」と目からうろこであった。
ああ、同様の事は目に関しても言えるなあと。「観たいものにピントが合い、その周辺はぼやけている」。そのように脳が働いているのだ。
だからこそ、写真に撮った時、びっくりすることがある。

ならば、上記の難聴に気づかず、やっと補聴器をつけて、すべての雑音が入ってきて困ったとき、その時点から、もう一度、脳みそを鍛えなおすことはできないのだろうか。

ほとんどの人がそれで、補聴器を投げ出してしまうようで、その点についてはラジオで話す耳鼻科医からの話はなかった。

しかし、投げ出してしまっては、なんとももったいない。

「聞く環境を保つ」ということは、言語を正しく使い続けるという意味でも大切なこと。
その意味では、静かすぎても、耳鳴りから始まる難聴の原因になるという。

生活上の物音を聴いていろいろ判断したり、会話を楽しむことで、脳の活性化を測らなくてはならない。

補聴器にも、しっかりと耳にはめ込んでしまう形式のものと、そうではないものとがある。

はめ込んでしまうものは、よほどいいものでないと、高音域から障害されていくから、気をつけねばならないということであった。

そのお医者さんがおっしゃったことの中で「特に女性などは、何年後、何十年後の肌の事を考えて早くからケアをされるのに、耳に関してはみなさんほったらかしすぎです」という言葉が印象的であった。

耳をほったらかすのはやめましょう。